室町時代の文化や食事と服装など生活について!出来事や主な人物も

今回解説していくのは室町時代

この時代に入ると農民の生活が豊かになっていき今にもつながる様々な文化が完成していきました。

 

今回はそんな室町時代について

  • 室町時代の衣食住
  • 室町幕府に起こった文化と茶道の完成
  • どうして室町時代は乱や戦いが多かった?
  • 室町時代の年表
  • 室町時代と南北朝時代の違いについて

 

などなど室町時代に詳しくなれるような解説をしていきたいと思います!

室町時代の生活とは?

室町時代の農民の生活は時代よって大きく変わったといってもいいほど落差があったといえます。

 

農民たちは鎌倉時代の頃から大きく変わって農業の生産性を上げることに成功。

米のついでに他の作物を育てる二毛作もやるようになり、麦とかあわなどを育ててそれをお米がわりに食べたり、それを売って収入にしていたそうです。

この時に作られたのが信長が廃止したことでも知られているという組合でここに加入すればその地域で独占的に売ることが可能となりました。

 

しかし、室町時代後期になっていき、戦国時代に突入していくと農民は兵士として駆り出されるようになり、村も荒らされることもしばしば起こるようになりました。

そこで農民たちは自らの村を守るために惣という自治組織を作って自分の身を守ったそうです。

食事

室町時代に入ると町民や武士たちの食事も発展。

この頃には今まで一日二食から今と同じような一日三食に移り変わっていきました。

武士たちはいつ起こるかわからない戦に備えるために豪勢な食事を控えてできるだけ質素な食事を好んで食べていたそう。

 

ちなみに、今では日本の代表的な食べ物である味噌汁はこの時に作られ始めたのですよ。

農民たちは二毛作もあってかお米の他に雑穀を混ぜたものを食べていたそうです。

服装

室町時代の服装は鎌倉時代の頃と同じように武士は直垂という服を着て、下には袴をはいていました。

農民たちは小袖という鎌倉時代の軽装を普段着として着るようになり、また、染色技術の向上から色鮮やかな服を着るようになったのです。

 

服の色まで気遣うなんて奈良時代や平安時代ではあり得ないことだったのですが、時代は進化するもんなんてすね。

室町時代の文化

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室町時代に起こった文化は

  • 北山文化
  • 東山文化

があります。

 

名前が非常にややこしいので間違えやすいですよね。ただ、

  • 北山文化:これまでの公家中心の文化と武士の習慣が合わさった文化
  • 東山文化:わびさびということに重きを置いている

 

という違いがあります。

このわびさびの文化が今の日本の和の文化に繋がっていて、例えば畳が敷かれている書院造は今の和室の原型となっています。

また、茶道、華道、香道などの日本を代表する文化などが栄えたのが東山文化なんです。

茶道

千利休
千利休

今では普通に飲まれているお茶。

お茶自体は奈良時代からあったそうですが、本格的に日本で飲まれるようになったのは鎌倉時代。

臨済宗の栄西が『喫茶養生記』という本を出して民衆にお茶を広めたことからでした。

 

そして室町時代に入るとお茶を飲むということは一種のステータスと同じようになりました。

そして、お茶の産地や水の産地などを当てたりする闘茶という競技が流行し、そこから茶道という流派が誕生しました。

茶道を大成した人といえば千利休ですね。

 

ちなみに、お茶を飲むということは戦国時代に入ると一種のブランドと同じ扱いを受けるようになりました。

日本でも珍しい名茶器となると今の県よりもはるかに価値が高かったんだとか。

滝川一益という信長の家臣は、上野(群馬一帯)の支配権と関東管領が与えられたのにもかかわらず、欲しかった茶器がもらえなかったことからかなり失望したそう。

将軍はくじ引きで決めていた?

足利将軍の決め方はいつも通り嫡男が継ぐことになっていましたが、実際にはうまくいかないもの。

 

  • 鎌倉幕府の場合は藤原家や天皇家から迎える
  • 江戸幕府の場合は御三家から選ぶ

ということになっていましたが、室町幕府の場合は少し特殊なものでした。

 

第五代将軍となった足利義量は政務を父である義持が全てやっていることから将来のことに絶望感を抱き酒に溺れそのまま病没。

つなぎとして一時期復活した義持も後継者を決めないまま亡くなってしまいます。

 

こうなってしまうと後継争いが起こりそうなものなんですが、これを防ぐために行われたものがくじ引きでした。

くじ引きだとなんだか無責任かと思いますが、この頃のくじ引きは神様の前で厳粛に行うもの。

神様が決めたことですから文句も言われないまさしく完璧なシステムだったのです。

 

そしてこのくじ引きに当選した義円は足利義教として将軍に就任することになったのでした。

室町時代の乱や戦い

室町時代といえばやはり乱の多さが目立つ時代でもありました。

 

鎌倉時代でも内ゲバは所々でありました。

しかし、室町幕府の場合だとしょっちゅう戦争が起きて、挙げ句の果てには応仁の乱以降は戦国時代に突入して各地で熾烈な領地争いが行われていました。

 

どうしてこうなったのかというとやはり室町幕府の構造に問題があったと思います。

鎌倉時代の場合だと御家人と幕府の関係は御恩と奉公で結ばれており、江戸幕府でも幕藩体制が敷かれ違反したものは即刻クビになるシステムが確立されていました。

 

しかし、室町幕府はどうかというとそんなシステムは未発達な上に、逆に守護大名の権力が徐々に増大する状況を作り出してしまったのです。

こんな状態で国が治るはずもなく、応仁の乱という形で爆発して戦国時代へと突入していくことになったのでした。

出来事一覧

室町時代は特に政変や内乱が多かったため、事件の名前に乱や変などがつくことがしばしば。

 

  • 足利尊氏と弟の直義の争いである観応の擾乱
  • 将軍が暗殺されてしまった嘉吉の乱・永禄の変
  • 関東での戦国時代の始まりを告げた享徳の乱
  • 日本中で戦国時代に突入した応仁の乱

 

もちろん、応仁の乱以降にはさらに細かな内乱が続出しましたが、それはまた戦国時代の時に解説していきたいと思います。

年表

1336年 足利尊氏が幕府を開く

1351年 観応の擾乱

1368年 足利義満将軍就任

1392年 南北朝統一

1428年 正長の土一揆勃発

1441年 嘉吉の乱 足利義教暗殺

1455年 享徳の乱

1467年 応仁の乱勃発

1485年 山城国一揆勃発

1488年 加賀一向一揆勃発

1493年 明応の政変

1543年 種子島に鉄砲が伝来

1549年 フランシスコ・ザビエル来日 キリスト教の伝来

1560年 桶狭間の戦い

1568年 織田信長が京都に上洛

1573年 足利義昭追放 室町幕府滅亡

室町時代と南北朝時代の違いは?

室町時代の前期には同時進行で南北朝時代という時代区分もあります。

 

時代といえば基本的に一つなんですが、実は室町幕府ができた当初は第3代将軍足利義満の頃まで全国を支配してはいなかったのです。

とはいうのも室町幕府が成立した1336年、足利尊氏が征夷大将軍に任ぜられた際に、当時建武の新政を行なって尊氏と対立していた後醍醐天皇は吉野へ脱走。

吉野の地にて南朝という新しい朝廷を開いたのです。

 

もちろん京都には本来の朝廷もありますので、この結果朝廷は2つに分裂。

南北にそれぞれ朝廷があったことから南北朝時代と呼ばれるようになりました。

 

つまり、室町時代は室町幕府があった期間のことを指して、南北朝時代は朝廷が二つ存在していた期間のことを指しているんですね。

 

さて、まとめに入ります!

まとめ

まとめに入りたいと思います!

 

  • 室町時代になると二毛作などで民衆の生活は良くなっていき、生活が良くなっていった
  • 室町時代には北山文化と東山文化が栄え、特に東山文化はわびさびという日本の文化の原点を広めた
  • 室町時代に入ると鎌倉時代に普及した茶道が千利休によって大成した
  • 室町幕府の第6代将軍の足利義教はくじ引きにて将軍に就任した
  • 室町時代は室町幕府が存在していた時代のことで、南北朝時代は朝廷が京都と吉野にあった時代のこと

 

最後になりましたが、室町時代に入ると日本のいわゆるクールジャパンと言われる様々な文化の原点が誕生していきました。

室町時代はまさしく日本の文化の礎が築かれた時代だったのですね。

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