白虎隊とは?会津戦争で散った若き志士たち!生き残りやその後についても

今回ご紹介するのは、白虎隊です。

 

戊辰戦争が勃発し、旧幕府軍の主力と見なされた会津藩は、時代の荒波に揉まれていきます。

そんな折に組織された少年たちによる部隊・白虎隊は、悲壮な運命を辿ります。

 

  • 白虎隊とはどんな組織?
  • 生き残った人物は?

 

今回はこれらの点について特に詳しく見ていくので、是非ご注目ください!

白虎隊とは?

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白虎隊とは、戊辰戦争の一つである会津戦争において組織された部隊です。

 

戊辰戦争は新政府軍と旧幕府軍の戦いであり、会津藩は旧幕府軍の中心と見なされていました。

 

白虎隊は16歳から17歳という、とても年少の武家の男子によって編成されていました。

中には、15歳で出陣したり、13歳で加わった者もいたとされています!

 

「白虎」とは、中国の神話において四方を守護する神獣とされる「四神」の一つです。

実際、他の3つの神獣から名前をとった部隊もこの時編成されているのです。

 

  • 「朱雀隊」は18歳から35歳
  • 「青龍隊」は36歳から49歳
  • 「玄武隊」は50歳から56歳

の武家の男性によって編成されました。

 

今回ご紹介する白虎隊は、この4つの部隊の中で最も年少の部隊というわけです。

 

次に、白虎隊の名前の由来について見ていきます。

白虎隊の名前の由来は?

前章で少し触れたように、白虎隊の「白虎」とは、中国の神獣の一つです。

 

四神は、天の四方を司っており、それぞれ

  • 東の青龍
  • 南の朱雀
  • 西の白虎
  • 北の玄武

となっています。

 

現代語として定着しているものに若年期を表す「青春」という言葉がありますよね。

これは四神と四季に関わりのあるもので、

  • 壮年期を「朱夏(しゅか)」
  • 熟年期を「白秋(はくしゅう)」
  • 老年期を「玄冬(げんとう)」

とも言うのです!

 

次の章では、白虎隊の会津戦争における活躍について見ていきます!

会津戦争での活躍

会津戦争
会津戦争

白虎隊は、当初は予備兵力として組織されていました。

ですが、会津藩は圧倒的な物量を誇る新政府軍に対して劣勢となり、やむなく白虎隊も前線に駆り出されます。

 

白虎隊は各地で奮戦しますが、いずれも苦戦を強いられます。

というのも、白虎隊を含む会津藩側の武器は旧式軍備であり、新政府軍に対して武器の面でも劣っていたのです。

 

白虎隊のうち最精鋭とされたのが「士中隊」という部隊であり、この一番隊は藩主である松平容保の護衛の任務にあたります。

 

二番隊は、戸ノ口原という場所で大打撃を受け、7人が飯盛山へ落ち延びます。

 

次の章では、落ち延びた7人の動向を追います!

白虎隊の最期

飯盛山へと落ち延びた7人ですが、若松城(鶴ヶ城)に戻って敵と戦うか、敵陣に斬りこんで玉砕するか、意見が分かれていました。

 

しかし、敵に捕まって生き恥をさらすという事態を何よりも望まなかった彼らは、飯盛山での自刃という選択をしたのです。

7人が皆自刃に至ったこの出来事は、白虎隊最大の悲劇と言えるでしょう。

 

次に、飯盛山でのこの出来事から生き残った人物と、白虎隊のその後について見ていきます。

生き残りとその後について

飯盛山での自刃により、6人が死亡しますが一人だけ一命をとりとめた人物がいました。

 

彼の名を飯沼貞吉(のち貞雄と改名)といいます。

彼はのちに逓信省の通信技師として活躍し、日清戦争にも従軍しています。

 

飯盛山での出来事に関する話をしたのは晩年のことで、それまではその重い口を開かなかったと言われています。

悲劇ののちの白虎隊は、鶴ヶ城での1か月にも及ぶ籠城戦を行いますが、その後会津藩は降伏しました。

 

次に、白虎隊に関連した史料館をご紹介します。

白虎隊記念館について

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白虎隊記念館は、昭和31年に創立された、福島県会津若松市の史料館です。

設立者は会津出身の故・早川喜代次氏であり、白虎隊をはじめとする会津藩の悲劇を後世に伝えたいという思いから、私財を投じて創立したのです。

 

白虎隊の史料のみならず、戊辰戦争に関連するさまざまな史料も展示しており、早川氏と親交のあった文人に関する史料もあります。

是非一度訪れてみてください!

 

次に、白虎隊を描いたドラマ、及びそのドラマのキャストをご紹介します。

白虎隊を描いたドラマについて

白虎隊を扱ったドラマとして2作品をご紹介します。

 

まずは、『白虎隊』(2007年、東映・テレビ朝日)です。

この作品は、士中二番隊の自刃を見届けていない人物を主人公とし、白虎隊からの視点で作られています。

そのためか、この期間に重要な役割を果たす新撰組は登場せず、飯沼貞吉は脇役となっています。

 

もう一作品は、『白虎隊〜敗れざる者たち』(2013年、テレビ東京)です。

この作品は、当時の会津藩家老であった西郷頼母という人物の視点から描かれています。

先ほどの作品とは異なる視点から、会津藩が時代の流れに巻き込まれていく様子が描き出されています。

主演やキャスト

まずは2007年の『白虎隊』のキャストです。

 

主人公は酒井峰治という人物で、山下智久が演じています。

酒井峰治は鶴ヶ城での籠城戦に加わったのち生還し、精米業を営みました。

ほかに田中聖や藤ヶ谷太輔などの若手や、薬師丸ひろ子や野際陽子などが出演しています。

 

次に2013年の『白虎隊〜敗れざる者たち』のキャストです。

 

主人公の西郷頼母を北大路欣也が、頼母の妻を黒木瞳が演じています。

ほかに伊藤英明やえなりかずきなども出演しています。

まとめ

いかがでしょうか。

それでは、おさらいも兼ねてもう一度白虎隊について振り返ってみます。

 

白虎隊は戊辰戦争の一つの会津戦争で組織された部隊で、おもに16歳から18歳の少年により構成されました。

 

「白虎」は中国の神獣であり、ほかにも年齢によって朱雀隊・青龍隊・玄武隊が組織されています。

 

会津戦争において白虎隊は奮闘するも苦戦が続き、飯盛山での自刃は特に悲劇としてよく挙げられます。

 

自刃を試みるも一命をとりとめた人物が飯沼貞吉であり、彼はのちに日清戦争にも従軍していましたね。

 

白虎隊はその後も鶴ヶ城での籠城戦に臨みますが、奮戦虚しく会津藩は敗れます。

 

白虎隊や戊辰戦争に関する史料館として白虎隊記念館があるほか、白虎隊を扱ったドラマとして『白虎隊』(2007年)や『白虎隊〜敗れざる者たち』(2013年)があります。

 

白虎隊を扱った書籍も多く出版されているので、是非手に取ってみてください!

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